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「ちゃんとした女性」って、誰が決めたの?

参照:知恵の書8章7節、ルカの福音書10章42節
文
はらぺこ僧侶
編集
METANOIA

「女性らしさ」は誰が決めたの? ボーヴォワールの『第二の性』、知恵の書8章7節の知恵と勇気、マルタとマリアの物語から、世間の期待に流されず自分で選ぶことを考える朝Message。

秋の朝、ピンク髪のはらぺこ僧侶が鏡の前で服を選ぶ。鏡には世間の期待を象徴する人影と、イエスさんの話を聞くマリア。見出し「ちゃんとした女性」って、誰が決めたの?とルカ10章42節の御言葉。

おはようございます☀ はらぺこ僧侶です🤗

今朝、服を選んでいたとき…

パッと目に入った「これで行こう😆」って、服を手に取ったのに…

次の瞬間、頭の中で小さな声がする…

「ちょっと派手すぎるかな? 周りにどう思われるだろう」

いやいや、ちょっと待って! 服くらい好きに選ばせてくださいよ〜🤣

…って。 ふと手が止まっちゃいました。

これって、服だけの話じゃないよね?

結婚したらしたで、独身なら独身で。

仕事を頑張れば「家庭は?」なんて言われ… 家庭を優先すれば「キャリアは?」なんて言われたり😅

あちらを立てればこちらが立たず…?

いったい誰が、私たちの「正解」を決めてるんだろうね🤔

心のなかでモヤモヤを抱えていたとき、フランスの哲学者シモーヌなんとかさんの言葉が頭に浮かびました。

「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」

シモーヌ・ド・ボーヴォワールさん。 『第二の性』という本の言葉です。

なんだかちょっと何言ってるかわからないんですけど…w

なんとなく…? 女であることを否定しているわけじゃないと思うんですよね。

私たちが当たり前だと思い込んでいる女性らしさって…

社会や周りの目によって後から作られた部分が大きいんじゃない?という、深〜い問いかけなんじゃないか?って思うのです🙂‍↕️

勝手になるほどなあ……なんて思いつつ…

さらに… 私の中にもう一つ疑問が湧いてくる。

「じゃあ、周りの声なんて全部シャットアウトして、自分の好きなことだけして生きればいいの?」

うーん…それもなんだか、違う気がするんですよね。

こんな時間に目が覚めて… あ、今朝四時です😴

何考えてんだろ❓️とか思いつつw

わがまま放題が自分らしさってわけじゃないだろうしな〜

そんなことを考えてたら…

旧約聖書続編の『知恵の書』に書いてある言葉が浮かびます💡

昨日読んでたのです😊

『だれか正義を愛する人がいるか。 知恵こそ働いて徳を得させるのだ。 すなわち、節制と賢明、 正義と勇気の徳を、知恵は教えるのである。 人生にはこれらの徳よりも有益なものはない。』

知恵の書8章7節・新共同訳

あ、こう言うのって暗記してるんじゃないですよ💦

どこだっけなーって、聖書アプリで探してコピペ、またはAIに探してもらったり😆

ここには知恵が教えてくれる大切な徳として「節制と賢明、正義と勇気」の4つが書かれていました。

そう… 美しさでも、若さでも、誰かからの「ちゃんとしてるね」っていう評価でもないのです😳

知恵、そして勇気です✨

なんか爽快で素敵な考え方じゃないですか?🥰

ただね、「勇気」っていうと、なんだかジャンヌ・ダルクみたいに大きな困難に立ち向かう姿?みたいのを想像しちゃいますが…

ホントはもっと、私たちの毎日の小さな隙間に隠れているものだと私は思うのです。

たとえば、大好きな人からの頼み事でも、自分の心がすり減りそうなときは…

「ごめんね〜、今日はできないの」

って伝えたり。

意地を張っちゃったけど自分が間違っていたと気づいたら…

「ごめんなさい」

って素直に頭を下げたりね🤗

どっちもけっこうな勇気がいりますよね😅

そういえば、聖書の中にこんなお気に入りの場面があります。

イエスさんと、マルタとマリアという二人の姉妹のお話。

ある日、マルタさんはイエスさんを家に迎え、もう大忙しでおもてなしの準備をしていました。

「あ〜忙しい😂」

パタパタ〜って走り回って、料理を作って…

たぶん憧れ?のイエスさんが来るし

「ちゃんともてなさなきゃ〜!」

って思いますもんね?

でも…

姉妹のマリアさん…

イエスさんの足もとにちょこんと座って、ず〜っとお話に聞き入っていたんですよ😆

そりゃあ、マルタさんとしては面白くありません。

「ちょっと! 私ばっかり働いてんじゃん!」ってね。

プンプンですよ😅

ところがイエスさん、マリアを叱って台所へ行かせるのではなく、マルタにこう語りかけます。

『しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。』

ルカの福音書10章42節・新改訳2017

ここでイエスさんが言った「良いほう」とは…

目の前にいるイエスさんの言葉に耳を傾けることでした。

そしてね、もう一つ考えてみてほしいんです。

マリアは女性なんですよね。

そのマリアが、イエスさんの足もとに座って、弟子のように教えを聞いている。

なのにイエスさんは…

「女性なんだから、おもてなしを手伝いなさい」

なんて言わなかったんです。

むしろ、マリアが選んだことを守ったんですよね。

これ、当時の社会を考えると、なかなかすごいことだと思いませんか?😳

もちろん、マルタのおもてなしが悪かったわけじゃありませんよ。

愛があればこその行動だと思います🥰

でも、誰かの期待に応えようって忙しく立ち回ることだけが、私たちの価値じゃあないんだ。

頑張っているうちに、本当に大切なものを見失ってない?

…イエスさんの言葉。

それは現代を生きる私たちにも、そう問いかけていると私は感じます。

考えてみれば…

誰かを愛することと、自分を大切にすることって、時には難しいバランスになりますよね。

でも、だからといって必ずどちらかを犠牲にしなきゃいけないわけでもないと思うんです🤗✨

だから今日、ほんのちょっとだけ試してみませんか?

何かを反射的に引き受ける前に、一呼吸おいて「私は本当にそれを選びたいのかな?」って。

自分を甘やかすことを、誰かを雑に扱う言い訳にはしない。

でも、誰かを大切にするために、自分をボロボロに粗末にすることも、もう…やめてみる。

その絶妙なバランスを探すことこそが、今日からできる「小さな知恵と勇気」なのかな〜なんて思うんですよね🤗

だから今朝のお洋服は、あなたが一番「好き!」ってときめくものを着て出かけてください🌿

頭の中に、頼んでもいない

「世間の審査員」

を住まわせなくて大丈夫‼️

今日も皆さんに、主の豊かな祝福と平安がありますように🥰🙏

いってらっしゃい、良い一日を☀️

参照:知恵の書8章7節、ルカの福音書10章42節
翻訳:新共同訳(知恵の書)、新改訳2017(ルカ)

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