おはようございます☀ はらぺこ僧侶です🤗
今日は日曜日。教会の日ですね⛪
先日、ご飯が詰まってしまったお話をしましたけど…
実はまだちょっとダメージが残ってまして😅
なので今日もご飯は、少し優しめにしようと思います。
食べるのが大好きなはらぺこ僧侶にとって、これはなかなかの試練です🤣
でも、無理したらまた大変なことになるのです💦
今日は体を労わりながら過ごそうと思います🤗
さてさて…
質問をいただきました。
「ヨシュア記について、どう思いますか?」
ヨシュア記かぁ…🤔
正直、私もまだまだ聖書を勉強してる身です。
詳しくはないけど、ヨシュア記については何度か牧師さんから聞いたことがあります…
が、しかし!
ヨシュア記って、どんなんだっけ?😂
あらすじはわかる…
モーセの後を継いだヨシュアさん、イスラエルの民を率いて、約束の地カナンへ入っていく物語…だよね?
あとは、エリコの城壁!
町の周りをぐるぐる回って、角笛を吹いて…
最後にみんなで声を上げたら、城壁が崩れちゃった!😳
これ、すごいですよね〜!
映画にしたら、かなり迫力ありそうです🤣
ただね…
そこから先を読んでみると、ちょっと考えちゃうんです。
城壁が崩れた後、その町の人たちはどうなったの?
ヨシュア記6章21節には、町の人々が剣によって滅ぼされたことが書いてあります。
男も女も、若い人もお年寄りも…。
えっ!?
いや、ちょっと待って…
壁が崩れて「神様すごい!」って喜んでいたんですけど、その向こうには人が暮らしていたんですよね。
ここをどう受け止めればいいんだろう?🤔
神様が命じられた戦いだから、それでいいの?
うーん…
当時の事情もあるし、神様のさばきについても書かれてるので、私が簡単に良い悪いと言えるお話じゃないと思います。
でも、だからって考えるのをやめていいわけでもないよね?
なんて、そんなことを考えてたんです。
そういえば「神の戦い」で、もう一つ思い出したことがありました。
クリスチャンのイベントなどで耳にする「霊的な戦い」です。
こういうイベントで、ヨシュア記も語られてました。
悪霊から守るとか、悪霊を追い出すとか…
大きな声で祈ったり、叫んだり、感極まって涙を流したり。
もう会場全体が、うわぁぁぁ!!って感じになるような集会もありますよね😳
あれって、どうなんでしょう?
聖霊の働きなの?
悪霊が追い出されてるの?
それとも、みんなの感情が高まってるだけ?
ん〜、私にはわかりません😂
あ、別に否定してるわけじゃありませんよ💦
イエスさんも悪霊を追い出したことが聖書に書いてありますからね。
ただ、なんだろう…
あの熱狂って、どうやって見分けるんでしょう?
泣いてるから聖霊に満たされた?
倒れたら悪霊が出ていった?
いやいや、そんなに簡単なお話じゃないと思うんです🤔
私だって音楽で感動して涙が出ることはありますし、人の言葉に心を動かされることもあります。
だから感情が大きく動くこと自体は、何もおかしくないんです。
でも、それをね、全部神の働きだと思ってしまうのは、なかなか受け入れられない…🤔
そこで、ちょっとイエスさんの御言葉を思い出してみます📖
ルカの福音書10章。
イエスさんから遣わされた弟子たちが、喜んで帰ってくる場面です。
なんと!
イエスさんの御名によって、悪霊まで自分たちに服従したんですって😳
そりゃ嬉しいでしょ!
私だったらビックリして、興奮しながら報告しちゃいそうです🤣
ところが…
イエスさんは、そんな弟子たちにこう言いました。
「しかし、霊どもがあなたがたに服従することを喜ぶのではなく、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」
ルカの福音書10章20節(新改訳2017)
ん?
悪霊まで服従したんですよ?
すごいことじゃないですか!
なのにイエスさんは、そこを一番の喜びにしないように言われたんですね。
これ、ちょっと考えさせられませんか?
私たちって、ついつい目に見えるすごい出来事に心を奪われちゃうことがありますよね。
奇跡が起きた!
病気が治った!
悪霊を追い出した!
もちろん、本当にそうしたことが起きたなら、それは喜ばしいことでしょう。
でも、イエスさんが弟子たちに喜ぶよう教えたのは、神様との関係だったんですよね。
あれ…?🤔
じゃあ、私たちが教会で求めてるものって何なんだろう?
なんて、今度はそんな疑問が出てきちゃいました😂
ヨシュア記の戦争と、悪霊を追い出すお話は、そもそも別の出来事です👆️
でも、どちらも「神様の力」って聞くと、ついついその強さとか、勝利とか…
そっちばかりに目が向いちゃうのかなぁ🤔
もちろん私は、神様の力を否定したいんじゃないですよ💦
ただ、その力を求めるあまり、目の前の人を見失ってしまうことはないのかな?って思うんです。
ヨシュア記の勝利の場面ばかりに目を向けたり、悪霊を追い出すことだけに一生懸命になってしまったら…
その向こうにいる人のこと、ちゃんと見えてるのかな?
いったい誰のための祈りなんだ?って。
エリコの城壁が崩れたお話。
私はその奇跡に驚きました。
でも…
その先に人々の命が失われたことも書かれてる。
そして新約聖書では、イエスさんが敵を愛し、迫害する者のために祈るよう教えてます。
マタイの福音書5章44節です📖
あれ?
神様の戦いって、なんだっけ?
何を守り、何と戦うことなんだっけ?
ヨシュア記について、まだ私にはわからないことがたくさんあります🙂↕️
でも、今の私が生きていくうえで、何を大切にしたらいいのか。
それについては、イエスさんが教えてくれてるように思います。
目の前に苦しんでる人がいたら、その人を敵にしないこと。
たとえ意見が違っても、その人の命や尊厳を軽く扱わないこと。
そして、自分が正しいと思ってるときほど…
「あれ? 私、愛から離れてないかな?」
って、自分にも問いかけてみる。
うん。
私には、まずそこからかな🤗
ヨシュア記について質問してくださって、ありがとうございます。
ヨシュア記って聞くと、あの悪霊追い出し集会が思い浮かびます😳
まだまだ学ぶことがいっぱいですね。
さて、今日は教会の日。
私も教会へ行って、皆さんと一緒に御言葉を学んできます。
今日、誰かとお話しするときには、その人の声にちょっと耳を傾けてみてください🤗
皆様に主の祝福と平安がありますように🥰🙏
良い日曜日をお過ごしください☀️
参照:ヨシュア記6章21節、ルカの福音書10章17〜20節、マタイの福音書5章44節
翻訳:新改訳2017