おはようございます☀ はらぺこ僧侶です。
昨日、カラオケに行ってきました♪ 皆さんもご存知だと思いますが、私の曲って実はカラオケに…
ありません笑
でもでもです👆️ 実はカラオケJOYSOUNDの最新機種では、スマホに入ってる動画を流すことが出来るんですよ🎙️
なので体力作りとご飯も兼ねて、ボイストレーニング的に行ってきました😆✨️
その後バイブルスタディもして ヘトヘトで…もうこの時間です笑
今日の御言葉は… なんて考えていたらナイスタイミングで聖書アプリの通知が…‼️
「力を捨てよ、知れ わたしは神。 国々にあがめられ、この地であがめられる。」
詩編46編11節(新共同訳)📖
力を捨てよ…
うーん…今日の私はすでにヘトヘト🤣
じゃなくて、気になったのはその後ろ。
「国々にあがめられ、この地であがめられる。」
って聞くと、私たち日本人的には、ちょっと身構えちゃいます。
なんだ!?侵略か!?😳
世界中の国々が神様をあがめるって、どういうこと?
みんな同じ神様を信じなきゃいけないの? 逆らったらどうなるの?
なんだか、世界征服を宣言してるようにも聞こえませんか?
信教の自由はどこにさ行っただ!悟空!
…って笑
でもね❓️
ここはちょっと待ってください。
この詩編46編を最初から読んでみると、こんな感じなんです。
地が揺れ、海が荒れ、国々が騒いでいるシーン。
そして、この御言葉の直前。
神様は、地の果てまで戦いを終わらせ、弓を砕き、槍を折り、盾を焼き払うと書かれてるんですよね。
…ん?
戦争を始めるんじゃなくて、終わらせるって言ってますね…❓️
となると、最初に想像した世界征服とは…
ずいぶん違う話だったりします🤔
ただ、この詩編で描かれてる神様の力は、決して弱いものじゃありません。
地を揺るがし、国々を圧倒するほどの力です。
でも、その力で戦いを終わらせる。
そして、この御言葉には「あなたたちが世界中の人々を従わせなさい」なんて書いてないんですよね👆️
神様が、国々の中であがめられる。
主語は神様なんです。
これって、結構大きな違いじゃありませんか?
人間が神様の名を掲げて、誰かを屈服させることと、神様ご自身があがめられること。
それって同じではありませんよね。
もう一つ…
ここで言う神様って、どこの国の神様なんでしょう?
この詩編では「万軍の主」「ヤコブの神」と呼ばれています。
イスラエルの民が信じてきた神様ですね。
でも、聖書の最初に戻ってみると…
創世記1章1節では、神様は天地を造った創造主として登場します。
そうです。
それぞれの国にいる王様のような神様じゃなくて、そもそも世界そのものを造った存在なんです😊
私の朝のメッセージを読んでくれてる方なら、もう知ってますよね?笑
となると、その創造主を、人間が勝手に国境で区切って独占するなんてことは出来ません。
ましてや、その神様の名前を使って、自分が世界を支配するなんて…
それは、ちょっと違いますよね。
でも…
人間って不思議なもので、自分が正しいと信じるものを、ほかの人にも認めてほしくなります。
もちろん、素晴らしいものを誰かに伝えたいという気持ちは、悪いことじゃあ…
ありません。
私だって、イエスさんのことを知ってほしくて、こうして毎朝書いてるわけですし🤗
でもね?
ここに落とし穴があると思うんですよね。
知ってほしかったはずなのに、いつの間にか信じさせようとしてしまう…😢
理解してほしかったはずなのに、相手を言い負かすことに夢中になってしまう。
これって、信仰だけの話じゃないですよね?
家庭でも、職場でも、SNSでも、自分の正しさを守るために、相手を傷つけてしまうことがあります。
じゃあ、イエスさんはどうだったんでしょう?
マタイによる福音書20章25〜28節。
ここでイエスさんは、弟子たちに権力を振るって人々を支配する者たちの話をしています。
実はこの少し前、弟子たちの間では、誰が高い地位に就くのかという話が起きていたんです。
そんな弟子たちに向かって、イエスさんは言いました。
でも‼️
「しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。」
そして、偉くなりたい者は人に仕える者になりなさい、と続けるんです。
イエスさん自身も、仕えられるためではなく、仕えるために来たと話しています。
これね…すごいです。
神様の御子として来たイエスさんが、人々を力で従わせるのではなく、人々に仕える道を歩いた。
それどころか、最後には十字架にかかって、自分の命を差し出しました。
なんだか、力の使い方が私たちの想像と逆なんですよね。
私たちは力を持つと、誰かを従わせられると思いがちです。
でもイエスさんが見せてくれたのは、力を持ちながらも、人のために自分を差し出す姿でした。
ここで、最初の御言葉に戻ってみます。
「力を捨てよ、知れ わたしは神。」
もしかすると、神様が神様であることを知るというのは、私たち人間が神様の代わりになろうとするのをやめることでもあるんじゃないでしょうか。
自分の正しさで、相手の心まで支配しようとしない。
神様の名を、自分の主張を押し通すための武器にしない。
もちろん、間違っていることを間違っていると言うのは大切ですし、誰かが傷つけられているなら守らなければいけません。
でも…
相手を力で従わせることと、相手に真実を伝えることは違いますよね。
神様があがめられる世界。
それは、人間が神様の名のもとに争い続ける世界なんでしょうか?
少なくとも、詩編46編が見せてくれたのは、神様が戦いを終わらせる姿でした。
そう考えると、今日の御言葉は、最初に感じた「侵略か!?」とはずいぶん違って見えてきます😊
さて、今日の実践です。
誰かと意見が違ったとき、すぐに反論する前に一度聞いてみませんか?
「どうしてそう思ったの?」
って。
相手に同意する必要はありません。
でも、相手が何を考えているのか知ることはできます。
それに、間違っていることを正すときだって、相手を傷つけるためじゃなく、より良い方向へ進むために伝えたいですよね。
昨日はカラオケで思いっきり声を出してきたので、今日は少し、人の声にも耳を傾けようかな🎙️
……あ、でも私の曲はぜひ聴いてくださいね!🤣
そろそろ新曲公開です🥰🙏
あぁ万物の創造主よ。
私たちが、自分の正しさを神様の正しさと取り違えませんように。
人を従わせる強さではなく、人を愛し、真実を伝える勇気を与えてください。
争いの中にある人々に平和が訪れ、傷ついた人々が守られますように。
今日も皆様の歩みに、主イエス・キリストの平安と祝福がありますように🥰🙏
参照:詩編46編11節、マタイによる福音書20章25〜28節
翻訳:新共同訳