朝起きて聖書アプリで聖書を読んでると、そこに書かれている御言葉から昨日の自分の振り返りをします。
あ〜昨日はこうだったな〜
はま寿司美味しかったな〜🍣
こんな事あったけど、愛が足りなかったな〜
と、METANOIA(悔い改め)してみたり…🙂↕️✝️
おはようございます☀️ はらぺこ僧侶です🤗
昨日も結構お家で作業だったので、それ程大きな事がある訳じゃないんですけど、SNSをみてると自分の考えとは違う意見に心が動かされます…😢
例えば、犯罪を犯した人に対する憎しみ。
法律で決められた罰では足りない! もっと苦しませろ!なんて声を見かけたり…
外国から来た人たちへの反発も…
確実に強くなっているこの時世。
もちろん、犯罪には責任が伴います。 被害に遭った人を守ることも、安全に暮らせる社会を作ることも大切。
でも…
正義を求めることと、憎しみをぶつけることは同じなのかな?と私は感じます。
日本を大切にすることと、外国の人を遠ざけることも、同じなのかな?🤔と。
そんなことを考えていて、ふと日本の茶道の言葉が浮かびます。
最近お茶会行ってないな〜なんて思いつつ…
「一期一会」
皆さんもご存知ですよね🥰
沖縄だと『いちゃりばちょーでー』
一回会えば兄弟🥰
うん、ちょっと違うか?🤣
茶道には、たとえ何度も会っている相手でも、この一度の茶会はもう二度とないんだよ、だから心を尽くして迎えようって考え方があるんです。
素敵ですよね〜💕
だって、目の前にいる人と、明日も会える保証なんてないんですから。
そして…
茶道といえば千利休さんじゃないですか🧉
その千利休と深い関わりがあった豊臣秀吉さん。
彼の辞世の歌。何度か取り上げていますけど…
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢」
天下を統一して、歴史に名を残した藤吉郎秀吉。
天下人と言われる権力を手にし、富も名誉も手に入れた人です。
でも彼は…
自分の人生を露にたとえたんです👆️
私はいつもここを思い出して我に返るんです😴😳
どれだけ大きなことを成し遂げても、人はいつか…
死にます。
じゃあ、その先は?
もし死んだ先に希望がなかったら?
これほどの富も、権力も、名誉も… いったい何のためだったんだろう?🤔
実はイエスさんも、同じような事を言っています。
たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら何の益があるのか。
(マタイの福音書16章26節・要約)
凄くリンク…しますよね?
世界を丸ごと手に入れたとしても、それでも失ってはいけないものがあるんです。
それは命…
自分にとっての幸せを考えるとき、いつも死の向こうから逆算するんです。
だってね?私たちは必ず死ぬんです🥺
そして聖書は、死んだ後にもさばきがあると教えています。 (ヘブル人への手紙9章27節)
これは聖書だから…ではなく。
有るか無いか分からないでも聞いてください👆️
今どれだけ幸せでも、死んだ先に希望がなかったら?
生きている間に何を手に入れたかだけで、本当の幸せを語れるんだろうか…って。
私はそう考えます。
でもね、そこで終わらないのが聖書🥰
イエスさんは、愛する弟を亡くして悲しんでいたマルタに、こう語ります。
「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」
(ヨハネの福音書11章25節・新改訳2017)
死んでも生きるんです✝️
私は、このイエスさんの約束を信じます。
逆算です。
デメリット…ありますか?
ね?
この希望があるからこそ、今の人生にもホントの意味が生まれる…
秀吉さんは死後に豊国神社に祀られました…
でも彼が最期に感じたのは…どうでしょうか。
あ、もちろんね、死んだ後に救われるから、今の人生はどうでもいいなんて話じゃありません👆️
逆です。
永遠のいのちという希望があるからこそ、今日という一日をどう生きるのか。
何のために生きて、誰を愛して、何を残していくのか。
そこから考えるようになるのです。
そして、もう一度「一期一会」に戻ります。
今、目の前にいる人。
その人が日本人でも外国人でも、気が合う人でも、考え方が違う人でも…
その人にも人生があって、愛する人がいて、そして私と同じように、いつか死を…
迎えます👼
だから私は、その人にも死の向こうにある希望を知ってもらいたい。
もちろん、悪いことは悪い。 罪を犯した人は責任を取る必要がある。
でも、その人を憎んで、苦しむ姿を喜んで…それで何が残るのか…?です。
自分の敵を愛せと言うけれど…
私だってSNSでいろんな意見をみてると、つい反論したくなりますよね😅
でも、その向こうにいるのも一人の人間なんです。
私は生まれ育った日本が大好き🥰
今は沖縄に住んでいますが、生まれ故郷、育ったのは東京です。
先人達が守ってきた武士の強さ…
そしておもてなしの心🙂↕️
私達が大切に守ってきたものを壊すのは誰ですか?
私の…そしてあなたの心に芽生える悪意じゃないでしょうか…なんて私は思ったりします🤣
一期一会は、この世で二度とない出会いを大切にする言葉。
でも、イエスさんが約束してくれた永遠のいのちを考えると、その出会いには、もっと先まで続く希望があるんじゃないかな…なんて🥰
そう思うと、誰かと出会える今日という日が、ますます愛おしくなりませんか?
昨日は反省することもあったけど、はま寿司は美味しかったし🤣🍣
今日もきっと、誰かの言葉に心を動かされるんでしょうね。
そのとき、私は何を伝えよう?
相手を言い負かす言葉かな? それとも、その人の命を大切にする言葉かな?
私が伝えたいのは、やっぱり愛なんです。
そして、その愛の先にある、イエスさんの救いと永遠のいのちという希望です✝️
一期一会。
今日出会うその人にも、死の向こうまで続く希望があることを伝えられたら…
私はそれが、とっても幸せなんです🥰🙏
今日も皆さんに、主の愛と平安がありますように✝️💕
参照:マタイの福音書16章26節、ヘブル人への手紙9章27節、ヨハネの福音書11章25節
翻訳:新改訳2017