
おはようございます☀ はらぺこ僧侶です。
今日は朝から、ちょっと壮大な話をします。 天国と地獄です😂
でもね… 怖い話をしたいわけじゃないんです。 むしろ私、この話については結構、現実的に考えています。
私は、自分が死んだあとに家族が苦しまないでほしいんです。 もちろん、死んだら悲しませるとは思います。
でもそのうえで、 「あの人、今ごろ地獄で苦しんでるんじゃないか」 なんて心配までさせたくない。
だから私は、死んでからではなく、生きている今のうちに考えました。 もし天国と地獄があるとしたら…
私は、どこへ行きたいのか。 そして、どうすればそこへ行けるのか。
死んでから、 「あ、やっぱり天国でお願いします✋」 って変更できるのかどうかも分からないですからね😂
だったら今、考えておこうと。
それで私は… 天国へ行くための、一番短い道を選びました。
ショートカットです。
修行を何十年も積むのでもない。 現世で徳をたくさん貯めて、 「これだけ良いことしましたので、天国お願いします🙏」 と差し出すのでもない。
というか、そこで一つ疑問が出てきたんです。
もし天国へ行けるかどうかが、 生きている間にどれだけ修行したか。 どれだけ善いことをしたか。 どれだけ徳を積んだか。
その点数で決まるなら… 赤ちゃんはどうなるんだろう。
まだ何も積めていないじゃないですか。 自分で何かを選んだり、善い行いを積み重ねたりすることが難しい人はどうなるんだろう。
もちろん、 「だから赤ちゃんは死んだら必ずこうなります」 と、聖書が明言していないことまで私は断定できません。
でもこの問いを考えると、 救いって本当に、人間が積み上げた点数で買うものなのかな? って思うんです。
そして聖書には、ものすごい場面があります。
イエスさんが十字架にかけられている時。 その隣にも、犯罪人が十字架にかけられていました。
その人にはもう、 人生をやり直す時間がありません。 これから何十年も善いことをすることもできない。 修行する時間もない。 過去を帳消しにするほどの功績を積む時間なんて、当然ありません。
彼は、自分が罰を受けるだけのことをしたと認めたうえで、イエスさんに願いました。
自分を思い出してください、と。
するとイエスさんは言います。
「あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」 ルカの福音書 23章43節
ポイントは【今日】と言うところです👆️
何十年後でもない。 修行が終わったらでもない。 徳が一定数貯まったらでもない。
その人はもう、十字架から降りることさえできません。
ここに、私が言っている「ショートカット」があります。
新約聖書では、パウロも後に、救いは神からの恵みであって、人間の行いによるものではないと書いています。 エペソ人への手紙 2章8〜9節です。
つまり…
天国へ入るための料金を、 私が善行で払い終えるんじゃない。 神様の側から差し出されたものを、受け取る。
私はそこが、キリスト教の福音のものすごいところだと思っています。
ただし。 「じゃあイエスさんを信じますって言えば、何をしてもいいんだね」 という話でもありません。
十字架の犯罪人も、 「俺は何も悪くない」 とは言っていません。
自分のしたことを認めています。
だから恵みは、 罪を正当化する裏技ではない。 善い行いなんてどうでもいい、という話でもない。
善い行いは、天国へ入るための入場料ではなくて… 愛された人が、その愛を知ったあとに生きていく中で生まれてくるものなんじゃないかなと思うんです。
私は天国の構造を見てきたわけでもないし、地獄が具体的にどういう場所なのか、聖書が説明していないことまで知っているわけではありません。
だから、分からないところは分からないままです。
でも… 死後のことって、 死んでから考え直せない可能性があるんですよね。
だったら私は、生きている今のうちに考えておきたい。
そして私はもう決めています。 自分の力で天国まで登ろうとする道ではなく、 イエスさんが差し出してくれた手を取る。
私は、それを選びました。 私がいつか死んだ時。 家族には悲しんでほしくない… とは言いません。
たぶん、悲しいものは悲しいですから。
でも、 「あの人は最後までイエスさんに自分を委ねていたから、大丈夫だね」 って思ってもらえたらいいなと思っています。
だからこれは、死ぬための話じゃないんです。
安心して今日を生きるために、死んだあとのことまで考えてみた話です。
天国へのショートカット。
そう呼ぶと、なんだかズルしているみたいですけど😂
もしかしたら近道なんじゃなくて… 最初から、入口はそこだったのかもしれませんね😌
皆様に主の祝福と平安がありますように🥰🙏 今日もゆっくりまったり、良い一日を☀️
参照:ルカの福音書 23章43節 / エペソ人への手紙 2章8〜9節
翻訳:新改訳2017