朝のメッセージ

【「ここまで来たから」を、未来の理由にしない】

/ 参照: マルコの福音書2章27節

はらぺこ僧侶
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METANOIA

「ここまで来たから」を理由に、過去の代償を未来へ持ち込まなくていい。サンクコスト効果と安息日の教えから、過去を否定せずに手放す知恵を考える朝のMessage。

麦畑の朝焼けを背景に、マルコの福音書2章27節の聖句と十字架のネックレスを描いた画像

おはようございます☀ はらぺこ僧侶です。

昨日は、

「新しく進むからって、これまでの自分を全部否定しなくていい」

っていうお話をしました😊

今日はその続きというか、 表と裏みたいな話をしようと思います。

過去を大切にすることと、 過去に縛られることって、

実は同じじゃないんですよね。

クローゼットの奥で、 もう何年も着ていない服。

スマホの中で、 存在すら忘れている定額サービス。

本棚で、 表紙だけ眺めて閉じた本。

そして、

終わらせた方がいいって、 本当は分かっているのに、

なかなか離れられない関係。

……こういうの、私にもあります😅

手放せない理由を探ってみると、 だいたいこうなんですよね。

「高かったから」

「長く続けてきたから」

「ここまで我慢したから」

でも、よく考えたら、

ここまで使った時間もお金も、 続けても、やめても戻ってこないんです。

それなのに私たちは、

「今やめたら、今までが無駄になる」

って感じて、

そこへまた、 時間や労力を注ぎ足してしまう。

心理学では、これを 「サンクコスト効果」と呼びます🤔

心理学者のハル・アークスさんと キャサリン・ブルーマーさんは、

お金や時間、努力を注いだ後ほど、

それを無駄にしたくないという思いから、 物事を続けやすくなることを示しました。

なんか……

過去を無駄にしたくないあまり、 未来まで差し出してしまってる。

そんな感じがするんですよね😅

もちろん、

長く続けることが 悪いわけではありません。

簡単に諦めない。

責任をもって向き合う。

それも大切なことだと思います。

人間関係だって、

ちょっと嫌なことがあったから、 すぐ手放せばいい、

という話でもなくて。

直せるところは直しに行く。

謝るべきところは謝る。

果たすべき責任は果たす。

でも、

すでに誰かを傷つけ続けている習慣や、

自分の尊厳や安全を 削り続ける関係まで、

「ここまで耐えてきたから」

それだけを理由に、 続ける必要はない気がするんです。

聖書の中に、 こんな場面があります。

ある安息日、

イエスさんと弟子たちが 麦畑を歩いていると、

弟子たちは歩きながら、 麦の穂を摘み始めました。

それを見たパリサイ人たちが、

「なぜ、安息日にしてはならないことをするのか」

と責めたんですね。

安息日は本来、

人が働く手を止め、 神さまの前で休むために与えられたものでした。

でも、

守り方のルールばかりが増えていくうちに、

人を休ませるはずだったものが、

いつの間にか、 人を縛るものへ変わっていた。

そこでイエスさんは、 こう言われました。

『安息日は人のために設けられたのです。 人が安息日のために造られたのではありません』 (マルコの福音書2章27節)

私、この言葉を読むたびに、

目的と手段が、 いつの間にか入れ替わってしまう怖さを感じるんです。

人を生かすために 始めたはずのものが、

気づけば、

人を犠牲にしてまで 守るものになっている。

愛するために始めた関係が、

関係を続けるためだけに、

どちらか一人が 壊れ続けるものになってしまう。

それでも、

「今さらやめられない」

「ここまで来たんだから」

って続けてしまう……

でもイエスさんは、

決まりを守るために、 目の前の人を犠牲にすることを選びませんでした。

形を守ることより、

人が生きることを 見ていたんだと思います🙏

昨日までの時間は、

無駄だったって 決めなくていいんです。

失敗した時間からも、 ちゃんと学んだことがあるから。

耐えてきた自分を、

弱かったと 責めなくてもいい。

でも、

昨日まで払ってきた代償を理由に、

今日も明日も、

同じ代償を 払い続けなくていいんです。

過去から持っていくのは、

傷つける仕組みそのものじゃなくて、

そこで得た知恵とか、

人の痛みが分かるようになった、 その心だと思います。

今日はひとつだけ、

「これ、今も愛のために役立ってるかな」

って、自分に聞いてみる。

残すべき宝なら、 大切に持っていく💫

もう人を生かしていないものなら、 感謝して置いていく。

過去を否定しなくていい。

でも、

「ここまで来たから」を、

未来の理由にしなくても大丈夫です😊

今日も皆様に、 主の祝福と平安がありますように🥰🙏

参照: マルコの福音書2章27節
翻訳: 新改訳2017