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バベルの塔は、高すぎたから止められた?

参照:創世記11章4節/創世記12章2節
はらぺこ僧侶
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METANOIA

今朝、目覚まし前に布団の中でぼーっとしてたら、ふと気になっちゃって…… おはようございます☀️ はらぺこ僧侶です。 いま私、『SKY BUMP: BABEL』っていう激ムズゲームの挑戦イベントをmixi2でやってるんですけど、これがもう、ひたすら上へ上へ。 あ、ちなみに私がAIで作ったオリジナルゲ…

バベルの塔を背景に立つはらぺこ僧侶と、「名をあげよう。われわれが地の全面に散らされるといけないから。」創世記11章4節を大きく配置した朝Message見出し画像

今朝、目覚まし前に布団の中でぼーっとしてたら、ふと気になっちゃって……

おはようございます☀️ はらぺこ僧侶です。

いま私、『SKY BUMP: BABEL』っていう激ムズゲームの挑戦イベントをmixi2でやってるんですけど、これがもう、ひたすら上へ上へ。

あ、ちなみに私がAIで作ったオリジナルゲームです🥰

落ちても落ちても、また登るだけのゲームなんです😂

舞台は、聖書に出てくる「バベルの塔」。

せっかくだから今朝は、宣伝…じゃなく🤣 久しぶりに創世記を開いて、バベルの塔そのものをちゃんと読んでみたんです📖

バベルの塔って、

「人間が神様に近づこうとして高い塔を建てたから、怒られて壊された」

みたいなイメージ、ありません?

ゲームなんかでも、よくモチーフにされていますよね🎮

私も正直、なんとなくそんな話だと思っていました。

でも創世記11章、ちゃんと読むとちょっと違うんですよね…

面白いのが、彼ら自身が「なぜ塔を建てるのか」を、自分たちの口で言ってるところなんです。

それって、

「神様に会いたいから‼️」

……とは書かれていないんですよ。

自分たちの名前を残したい。

そして、バラバラになりたくない。

そういう、けっこう人間くさい理由なんです。

『名をあげよう。われわれが地の全面に散らされるといけないから。』

創世記11章4節 新改訳2017

つまりバベルの塔って、ただ高い場所を目指した話というより、

「これさえあれば大丈夫」

って思える何かを、自分たちで作ろうとした話……

そんなふうにも読めるんですよね。

自分たちの技術。

自分たちの都市。

自分たちの名前。

それをどんどん積み上げていく。

それに「散らされたくない」って、よく考えるとちょっと不思議なんです。

ただ有名になりたいだけじゃなくて、離れたくない。

一つの場所に集まって、一つの名前を持って、一つの力で生きていきたい。

そんな不安みたいなものも、この言葉の中には見える気がします🤔

しかも面白いのが、その次。

人間は、

「天まで届く塔を建てよう!」

って言ってるのに、神様はその町と塔を見るために……

降りて来るんです😂

天まで届くはずなのに、神様のほうが降りてくる。

これ、物語としてちょっと皮肉が効いてますよね。

人間から見たら、

「とんでもなく大きなものを作ったぞ!」

なんだけど、

神様から見たら、わざわざ降りて見に来るくらいのもの。

創世記って、こういうちょっと面白い描き方もするんですよね。

そして個人的に、もう一つびっくりしたことがありました。

聖書には、

「神様がバベルの塔を壊した」

とは書かれていないんです。

書かれているのは、ことばが通じなくなり、人々が地の全面へ散らされて、

「彼らはその町を建てるのをやめた」

ということ。

私たちがよく知っている「崩れ落ちるバベルの塔」のイメージと、実際に書かれていることって、ちょっと違うんですよね。

止められたのは塔そのものというより、人々が進めていた計画だった。

……で。

自分で『SKY BUMP: BABEL』なんてゲームを作っておきながら、ここでちょっと考えちゃったんですよね🤔

上を目指すことって、悪いことなんでしょうか。

もっと上手くなりたい。

記録を更新したい。

いいものを作りたい。

誰かに見てもらいたい。

これ全部ダメだったら、

「一番高く登った人が優勝!」

ってイベントやってる場合じゃありません😂

でも、たぶんそこじゃないんです。

どこまで登ったかより、何のために登っているのか。

ここがポイントなんじゃないかなと思いました。

実はこのバベルの話、創世記11章だけで終わらないんです。

そのすぐ後、創世記12章からアブラムの物語が始まります。

バベルの人たちは、

「自分たちの名をあげよう」

と言いました。

ところが神様はアブラムに、

『あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。』

と語ります。

創世記12章2節 新改訳2017

ここ、すごく対照的だと思うんです。

自分たちで自分たちの名を大きくしようとしたバベル。

神様から祝福され、名を大いなるものとしていただき、自分自身も誰かへの祝福となっていくアブラム。

「大きくなるな」でもない。

「有名になるな」でもない。

「何も成し遂げるな」でもない。

むしろ私は、

その大きさが、自分の名前だけで終わっていないか。

そこを問われているような気がしました。

だからゲームでは……

遠慮なく頂上を目指してください🤘🤣

9月30日18時まで、mixi2で『SKY BUMP: BABEL』挑戦イベント開催中です🎮🔥

期間中、一番高い地点まで登った優勝者には、

あなただけの「はらぺこ僧侶オリジナルソング」をお作りします🎵

ゲームの中では、誰よりも高く。

落ちても、また登る。

また落ちても、また登る😂

でもゲームを閉じたあと、ちょっとだけ考えてみたいんです。

今、自分が積み上げているものの一番上に、

何を置こうとしているんだろう。

「私の名前」なのか。

それとも、

「誰かへの祝福」なのか。

高く登ることは、たぶん悪くありません。

能力があることも。

力を合わせることも。

大きなものを作ることも。

創世記11章を読んでいて怖いなと思ったのは、人間の力が大きくなったことそのものより、その力がいつの間にか

「自分たちの名のために」

へ向かっていたことでした。

だから今日は、上を目指していいと思います。

昨日より少し成長してもいい。

夢中になって何かを作ってもいい。

私も作ります😂

ただ時々、

「これ、誰かの祝福になってるかな?」

って確認してみる。

バベルを建てているのか。

祝福を建てているのか。

外から見たら、同じくらい高い塔かもしれません。

でも、その頂上に置かれているものは、きっと全然違う。

今日も皆様に主の祝福と平安がありますように🥰🙏

そしてSKY BUMPの挑戦者の皆さま……

容赦なく頂上、目指してくださいね🤣🔥

良い一日を☀️

参照:創世記11章4節/創世記12章2節
翻訳:新改訳2017

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