
おはようございます☀ はらぺこ僧侶です。
今朝、スマホを開いたら地震のニュースが目に飛び込んできて…なんかそれだけで、心がざわっとしました😳
今日未明、関東で大きな地震がありました。 そして沖縄では、台風20号の影響を受けている地域もあります。
今日は日曜日。
教会へ向かう方も、きっと多いと思います。
私も今朝は、まず祈りたいなと思ってるんですけど…
その前に、ひとつだけ考えたことがあります。
こういうことが起きると、
「神様がいるなら、どうして地震を止めてくれなかったの」
って…。
きっと私だけじゃなく、多くの人が思ったこと、あるんじゃないでしょうか。
私はその問いを、
「それって神様への責任転嫁だよね」
みたいに、簡単に片づけたくないんですよね。
聖書の中にも、
「神よ、なぜですか」
って叫ぶ祈りが、普通に出てきます…😢
そしてイエスさんは、シロアムの塔が倒れて亡くなった人たちについて、
「その人たちが、他の人より罪深かったからだ」
とは言いませんでした。
ルカの福音書13章に、シロアムの塔が倒れて18人が亡くなった出来事が出てくるんですけど、その人たちが他のエルサレムの人より罪深かったわけじゃない、ってちゃんと語られています。
だから私は、
地震に遭ったから。
台風に遭ったから。
病気になったから。
「神様に罰せられたんだ」
なんて、言いたくないんです。
分からないことは、分からないままでいいのかもしれません。
なぜこの地震が起きたのか。
なぜこの人が被害に遭ったのか。
なぜ神様は止めなかったのか…。
説明できないことって、やっぱりあると思います。
それでも今朝、握りたい言葉があります。
「神は われらの避け所 また力。 苦しむとき そこにある強き助け。」
詩篇 46篇1節 新改訳2017
「災害は起こらない」とは、書いてないんですよね…😖
むしろこの詩篇、地が変わって山々が揺れるような世界の中でも、それでも神は避け所だって言ってるんです。
揺れがなくなるっていう約束じゃなくて、
揺れの中にいてくれるっていう約束な気がします。
あぁ主よ。
地震で怖い思いをした方も、まだ眠れずにいる方も、家族に連絡した方も、離れた場所の大切な人を心配してる方も…
その一人ひとりのそばにいてください。
これ以上、大きな被害が広がりませんように。
これからの揺れからも、どうか守ってください。
沖縄で台風の影響を受けている方。
大雨や土砂災害を心配している方。
それでも働いている方。
誰かを守るために働いている方にも、どうか守りがありますように。
教会へ向かう方の道も守ってください。
危険な時には無理をせず、行かないという判断もできますように。
そして、行けずにいる人の心にも、あなたの平安がありますように。
あぁ主よ。
祈る心と一緒に、ちゃんと備える知恵もください。
ニュースを確認したり、
危ない場所からは離れたり、
近くの誰かにひと声かけたり…。
そういうことも、忘れずにできますように。
自分の命も、
隣にいる人の命も、
大切にできますように。
そして私たちが、
災害に遭った人を裁く側じゃなくて、
隣に座れる側でいられますように🙏
「なぜですか」
って泣いてる人に、
「そんなこと言っちゃダメ」
って口を塞ぐんじゃなくて、
一緒に泣いて、一緒に祈れる者でいたいなって思います。
この世界には、私たちに分からない苦しみが、まだまだあります。
でも神様は、それを遠くから眺めてるだけじゃなく…
イエスさんとして、この世界の苦しみの中に来てくれたんですよね。
涙を知って、
痛みを知って、
十字架の苦しみも通って、
それでも死で終わらずに、復活した。
だから私たちは、
全部の「なぜ」に答えを持ってなくても、
それでも祈れるんだと思います。
あぁ主よ。
揺れる地にも、
雨の降る場所にも、
怖がってる人のそばにも、
どうか平安と守りと寄り添いがありますように。
いつか、
死も、
悲しみも、
叫び声も、
苦しみもない日が来るという約束を信じながら…
今日、私たちにできることをさせてください。
あぁ主よ。
どうか、この一日をお守りください。
皆さま、どうかご無事で。
そして皆様に主の祝福と平安がありますように🥰🙏
参照:詩篇46篇1節
翻訳:新改訳2017