Message朝のメッセージ

ありがとうは、戻って伝えるもの。

参照:ルカの福音書 17章15〜19節
文
はらぺこ僧侶
編集
METANOIA

「ありがとう」と思っていても、相手に伝えることとは同じじゃない。亡くなった父と母への感謝と、ルカの福音書17章の「戻って感謝した一人」から、言えるうちに伝えることを考える朝Messageです。

夕暮れの部屋で、父母を思いながらビールの缶に手を添えるピンク髪の女性。上部に「十人きよめられたのではなかったか。九人はどこにいるのか。」とルカの福音書17章17節の御言葉が大きく配置された朝Messageの見出し画像。

おはようございます☀️ はらぺこ僧侶です😊

昨日ね。

ずーーっと放置していたnoteに、久しぶりに記事を書きました😂

きっかけは、

「お酒と一緒に、ありがとうを伝えた話」

という投稿企画。

それを見ていたら、亡くなった父と母のことを思い出したんです。

父がいつも飲んでいたビールのこと。

家にあった瓶ビールのケース。

そんな、どうでもよさそうなことは覚えているのに……

父と母に、

「ありがとう」

って、ちゃんと言った記憶があまりない。

なんだかなぁ……って😅

もう二人に会って、

直接伝えることはできません。

だから昨日は、noteを書きながら、

今さらだけど……

「ありがとう」

って言葉にしました。

そのとき思い出したのが、ルカの福音書17章です。

病によって人々から離れて暮らしていた十人が、

遠くからイエスさんに、

「先生、私たちをあわれんでください」

と叫びます。

イエスさんの言葉に従って歩いていくと、

十人とも、きよめられました。

でも……

そのことに気づいて、

イエスさんのところまで**戻ってきたのは一人だけ**でした。

その人は大声で神様をほめたたえ、

イエスさんの足もとにひれ伏して感謝します。

するとイエスさんは言われました。

> 「十人きよめられたのではなかったか。九人はどこにいるのか。」

そして、その一人に、

> 「立ち上がって行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」

ルカの福音書17章15〜19節 新改訳2017

これね……

「感謝していたのは一人だけだった」

とは、聖書には書いてないんです。

残りの九人だって、

嬉しかったと思う。

イエスさんに感謝していた人もいたかもしれない。

でも、

戻ってきたのは一人だった。

ここが昨日、すごく引っかかりました。

私もそうだったのかもしれないなぁって。

父や母に感謝してなかったわけじゃない。

たぶん、してた。

でも……

思ってることと、

相手に伝えることは、

同じじゃないんですよね。

「ありがとう」

たったこれだけなのに、

いつでも言えると思って、

後回しにしてしまう。

でも「いつでも」は、

いつまでもじゃない。

父と母には、もう直接届けられません。

それでも昨日、

遅すぎる「ありがとう」を書きました。

だから今日は、

まだ戻れる人のところには、

戻ってみようと思います😊

大げさなことじゃなくていい。

「ありがとう」

それだけでいい。

感謝を心の中だけに置いて、

九人のまま歩いていかないように。

私も今日、

ちゃんと伝えます🥰

皆様に主の祝福と平安がありますように🙏

参照:ルカの福音書 17章15〜19節
翻訳:新改訳2017

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