おはようございます☀ はらぺこ僧侶ですよ😆
今日は…今日も?ちょっと長いかも?😆
今朝、目が覚めてからも、昨日見た景色がずっと頭から離れないんです👆️
動画、見ていただけました?
あ、これFB限定です笑😂
昨日は浜比嘉島へ行って、そのあと勝連城跡へ行ってきました🥰
浜比嘉島……
知ってますか?
沖縄本島から海中道路を渡って、さらに浜比嘉大橋を渡ると、車のまま行ける小さな島です🤗
海がきれいで、ドライブにも気持ちいい場所なんですけどね。
でも、それだけの島じゃないんです。
浜比嘉島には、琉球開びゃくの祖神と伝えられてきたアマミチューとシルミチューの物語があります。
シルミチューには二神が暮らしたと伝えられる洞窟があって、アマミチューの墓と呼ばれる場所では、今でも旧正月になると豊穣や無病息災、子孫繁栄を願う祈りが続いているそうです🙏
もちろん、これは「本当にここに神様が住んでいました」という歴史的な証明とは別の話です。
でも……
何百年も前から語られてきた物語を、今を生きている人たちが覚えていて、祈って、また次の世代へ渡していく。
昨日そこに立ちながら、昔の人と今の人って、完全に切れてるわけじゃないんだなぁ……なんて考えていました。
会ったことなんてないし、生きている時代も全然違う。
それでも誰かが受け取ってくれることで、その人たちが大切にしてきたものが今日まで残っていくんですよね。
そのあと勝連城跡へ行ったら、ちょうどライブパフォーマンスをやっていました。
小学生くらいの子から若い子たちまでが舞台に立っていて……
ホント感動🥰🥰🥰
勝連城といえば、阿麻和利。
15世紀に勝連を治めた人物で、歴史書では琉球王府に抵抗した人物として描かれる一方、『おもろさうし』には阿麻和利や勝連を称える歌も残っています。
※ちなみに昨日観たのは、阿麻和利そのものを描いた舞台とは別の演目でした笑😂
でもね。
石垣だけを見ていたら、「昔ここにお城がありました」で終わってたかもしれないんです。
そこに人が立って、踊って、演じている。
それを見ると急に、ここにも笑った人がいたんだろうなとか、悩んだ人もいたんだろうなとか、誰かを好きになった人も、何かを守ろうとした人もいたんだろうなって、人の顔が見えてくるんですよね。
そのあと見つけたのが、この写真のパネルです😂
『沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる』
略して『沖ツラ』。
私、これめっちゃ好き🥰
うるま市が舞台で、沖縄へ転校してきた男の子が、うちなーぐち全開の女の子たちと出会っていく話なんですけど……
みんなかわいいの🥰🥰
今では実際の場所にキャラクターを重ねて楽しめるAR聖地巡礼なんかもあって、今の沖縄の言葉や暮らしが、また別の形で物語になっているんですよね。
それで昨日一日を思い返していたら、なんか面白いなぁって思ったんです。
浜比嘉島では何百年も語り継がれてきた物語に触れて、勝連では昔の人たちの物語を今の若い人たちが舞台でつないでいて、そのすぐそばでは、今の沖縄を舞台にしたアニメの女の子たちが笑っている。
神話と歴史と舞台とアニメ。
全然違うものなんですけどね😂
でも、形は違っても、誰かが誰かのことを覚えて、語って、受け取っていくことで残っていく。
人って、一人で完結して生きてるわけじゃないんだなって思ったんです。
誰かが笑えば、それを見て一緒に笑う人がいて、誰かが語ったことを次の誰かが受け取っていく。
もしかしたら、私たちの人生って、そういう「ともに」の中で続いていくのかもしれません。
……なんてことを考えていたら、台風25号のニュースが目に入りました。
関東では大雨による土砂崩れや浸水が相次いで、亡くなった方や、まだ行方の分からない方もいる。
そこでですね。
沖縄に住んでると……
台風、多いんですよ😂
「台風が発生しました」って聞いたら、とりあえず進路を見る。
沖縄から外れてる。
「あ、今回は大丈夫か」
正直、それでニュースを閉じちゃうこと、私にもあります。
もちろん、自分の身を守るためには進路を確認するのは当たり前だし、世界中で起きている災害を全部自分のことみたいに受け止めていたら、心だってもちません。
でも……
そこで、ふと手が止まったんです。
台風に慣れることと、人の痛みに慣れることって、同じじゃないよなって。
そして、今日の御言葉を読みました📖
『喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちとともに泣きなさい。』
ローマ人への手紙12章15節 新改訳2017
読んだことのある御言葉です。
でも今朝は、なぜか「喜ぶ」とか「泣く」より、その間にある言葉が気になったんです。
「ともに」
なんですよね。
喜んでいる人を見なさい、じゃない。
泣いている人をかわいそうに思いなさい、でもない。
「ともに喜び、泣いている者とともに泣きなさい。」
これ、思っていたより深い言葉なのかもしれません。
だって本当に「ともに」いるためには、自分のところから少しだけ外へ出なきゃいけないんですよね。
私は晴れている。でも、あの人のところではまだ雨が降っている。
私は今日、普通にご飯を食べて、普通に出かけられる。でも、昨日まで当たり前だった生活が突然なくなってしまった人もいる。
同じ痛みを完全に感じることなんて、たぶんできません。
それでも、「私には関係ない」で切らずに、その人がいるところへ心を少しだけ動かすことはできる。
私は今日、この御言葉をそんなふうに受け取りました。
そして面白いことに、心理学を読んでみると、人間にとってこの「ともに」が簡単じゃない理由も少し見えてきます。
「psychic numbing(心理的麻痺)」と呼ばれる現象があります。
一人の被害者なら、その人の顔や暮らしを想像しやすいのに、被害者が百人、千人と増えていっても、私たちの感情は百倍、千倍にはならない。
むしろ数字が大きくなるほど、一人ひとりの人生を感じ取ることが難しくなっていくことがあります。
もう一つ、「habituation fallacy(慣れの誤謬)」と呼ばれる研究もあります。
何度も災害を経験している人なら、もう慣れているから初めて被災する人ほど傷つかないだろう……そんなふうに周囲が考えてしまう。
でも、繰り返し大きな困難を経験したからって、次の痛みが軽くなるわけじゃないんですよね。
そして「この人たちは慣れている」と思い込むほど、その人たちの苦しみまで小さく見えて、助けようとする気持ちも弱くなってしまうことがあるそうです。
これね……
沖縄にいる自分にも、ちょっと刺さりました😭
「沖縄の人は台風慣れてるから大丈夫でしょ」
なんて言われることもあります。
でも十回目の台風だから、十回目の怖さは平気になるのかって言われたら、そんな単純じゃない。
そして考えてみたら、慣れているのは被害を受ける人じゃなくて、ニュースを見ている私のほうなのかもしれないんですよね。
だから今朝、
「ともに泣きなさい」
という言葉が、いつもより重く感じました。
もちろんこれは、世界中の悲しみを全部背負って、自分まで壊れなさいという意味ではないと思います。
できないことまで背負うことが愛だとも思いません。
でも……
数字の向こうに人がいることだけは、忘れずにいたい。
「死者○人」と表示されたら、その数字の中には、それだけの数の人生があるんですよね。
昨日まで普通に暮らして、今日やる予定があって、誰かを待っていたり、誰かに待たれていたりして、「ただいま」って帰るはずだった場所がある。
ここで、昨日見ていた景色がまた頭に浮かびました。
浜比嘉島で触れた昔の人たちだって、最初から「歴史」だったわけじゃない。
その人にとっては、その日も普通の「今日」だった。
勝連城にいた人もそうだし、『沖ツラ』が描いている人たちだって、「沖縄」という大きな言葉を描いているだけじゃないんですよね。
この言葉を使って、この景色を見て、こんなことで笑って、誰かを好きになる。
そういう一人ひとりの人生を描いている。
あぁ……
もしかしたら物語って、人を「歴史」とか「数字」とか「地域」みたいな大きな言葉の中から、もう一度、一人の人に戻してくれるものなのかもしれません。
そして御言葉は、その一人の人と「ともに」いなさいと言っている。
同じ人生を生きることはできないし、同じ痛みを完全に感じることもできない。
それでも相手を「遠くの誰か」にして終わらせない。
それが「ともに」の始まりなのかなって思います。
だから今日、全部の悲しみを背負わなくてもいい。
でも、自分の空が晴れたからって、誰かの嵐まで終わったことにはしない。
まだ片付けをしている人や、家に帰れない人、大切な人を待っている人がいることを、ほんの少し思い出す。
祈れるなら祈って、できることがあるなら、できる範囲でする。
昨日私は、浜比嘉島で昔の沖縄に触れて、勝連で受け継がれていく沖縄を見て、『沖ツラ』で今を生きる沖縄に触れました。
そして今朝、その全部をつないでくれた言葉は、「歴史」でも「沖縄」でも「物語」でもなくて……
「ともに」
だったのかもしれません😌
『喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちとともに泣きなさい。』
今日も、誰かが喜んでいたら一緒に喜んで。
誰かが泣いているなら、その涙を「またか」で通り過ぎずに。
ほんの少しでも、誰かと「ともに」ある一日にできたらいいなと思います🥰🙏
皆様に主の祝福と平安がありますように。
参照:ローマ人への手紙12章15節
翻訳:新改訳2017